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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(あ)2563号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人堀口嘉平太の上告趣意について。

所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、原判決には、以下説示する理由により、判決に影響を及ぼすべき法令違反、および重大な事実誤認のあることの顕著な疑いがあるので、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものと認める。

一第一審判決は、罪となるべき事実として、

『被告人は、静岡県富士宮市元城町二〇番一一号所在の安宿「富士本旅館」こと渡辺喜代子方に宿泊してパチンコで稼いで生活を立てていたものであるが、昭和四四年九月二〇日夕刻、同宿人の後藤周一(当時三一才)から、同旅館を営む右渡辺の家族部屋でテレビを見ていたことを詰られたり、扇風機を持つてくるように言いつけられたりなどしたことで、右後藤と言い争いとなり、以前同人から足蹴にされたことなどもあつて同人に対し畏怖の念を抱いていたため、一旦同旅館を出て行こうと考えたものの、同日午後一〇時一〇分ころ、一度同人にあやまつてみようという気を起し、同人の姿を見かけて同旅館帳場に入つたところ、立ち上つた同人からいきなり手拳で二回くらい強く殴打され、同人が立ち向つてきたので、後退りして同帳場南隣りの八畳間に入り、同人から押されて背中を同八畳間西側の障子にぶつけた際、かねて同障子の鴨居の上にくり小刀(昭和四四年押第一二二号の一および二)を隠してあつたことを思い出して、とつさに右くり小刀を取り出し、同人の理由のない暴行に憤慨して同人を死に至らしめるかも知れないがやむをえないとして、自己の身体を防衛するためその必要な程度を超え、同くり小刀を右手に持つて、右八畳間において、殴りかかつてきた同人の左胸部を突き刺し、よつて同人に心臓右心室大動脈貫通の刺創を負わせ、同日午後一〇時二五分ころ、その場で右刺創に基づく心嚢タンボナーゼのため同人を死亡させて殺害したものである』との過剰防衛による殺人の事実を認定判示し、被告人に対し懲役三年執行猶予五年の刑を言い渡した。

二原判決は、第一審判決が被告人の本件行為を過剰防衛行為であると認定したのは事実誤認、法令違反である旨の検察官の控訴趣旨に対し、

『所論に基き原審に現われたあらゆる証拠を検討し、かつ当審における事実取調の結果をも勘案して考察すると、被告人は昭和四四年九月二〇日午後七時三〇分頃原判示旅館内の一室においてテレビを見ていた際、被害者から「一人でテレビを見ていてなんだ」と文句をいわれたうえ、同室出入口の鍵をかけられてしまつたことがあつたので、その後同人と同旅館内で出会い、同人から「扇風機を知らないか」ととがめられた際、ついそのことが口に出てしまい、「鍵までしめておきながら、扇風機をもつてこいということはないじやないか」とやりかえしたことから、同人に「お前居直る気か、やる気か」とからまれ、あとを追うようにして、「手前出てゆけ、手前なんかぶつ殺してしまう。」などとどなられ、その言動からして旅館内にいることが危険であると感ぜられたばかりでなく、そのとき「俺が気に入らないなら、出てゆく。」といつてしまつた手前もあつて、いつそ旅館を出てゆき、もはや旅館には戻つてこない考えとなり、こつそり同旅館をぬけ出し、同日午後八時頃から午後一〇時頃までの間に、近くの居酒屋、ついで焼そば屋において、その頃としては珍しい程の量である酒約四合程を飲んで、酩酊し、当面の落ち着き先などをあれこれと思い迷つていたが、そのうち旅館の主人が中風で寝たきりのままでおり、その主人に拶挨もしないで出てきてしまつたことを思い出し、旅館に戻つて世話になつた礼を述べるとともに、その機会に被害者にあやまり、仲直りができれば、元通りに泊めてもらおうという考えを起し、酒の勢いにのつて、同旅館に赴き、玄関から廊下に上つたところ、帳場(四畳半の部屋、茶の間ともいう。)に被害者がねそべつているのが見えたので、その帳場のすぐ奥につづく広間(八畳の部屋、布団部屋ともいう。)に入り、同広間と帳場とを仕切る開き戸のあたりに立つと、被害者がいち早くこれに気づいて、「小泉、われはまたきたのか」などとからみ、果ては立ち上りざま手拳で二回位被告人の顔面を殴打したので、被告人は逆上し、同広間に後退したうえ、同広間西側障子鴨居の上にかくしておいたくり小刀一本(当庁昭和四五年押第二二〇号の一)を取り出し、向つてくる被害者の左胸部を突き刺してしまつたという経過にあつて、ふだんおとなしい被告人、ことに被害者には昭和四四年八月頃すなわち本件の約一箇月前頃パチンコ店において、黙つてパチンコをやりにきたことを理由に足げりにされたことがあり、またふだん同人の胸や腕に入れ墨があることを見ていて、同人を恐ろしく思い、何事も同人のいうままに行動して、反抗したことのなかつた被告人が、その恐ろしく思つている被害者に立ち向つていることから考えると、被告人は被害者から殴打されたことが余程腹にすえかねたものと思われ、その憤激の情が酒の酔いのため一時に高められ、相手がいつもこわがつている被害者であることなどは意に介しないで、つぎの行動に移つたものと考えられるので、被告人が被害者から殴打されて逆上したときに、反撃の意図が形成され、被害者に報復を加える意思が固まつたものと思われ、おそくとも前記広間西側障子鴨居の上からくり小刀を取り出そうとした頃には、防衛の意思などは全くなくなつていたことが認められるばかりでなく、被告人が旅館を出ていつた前記経緯からすると、若し被告人が再び旅館に戻つてくるようなことがあると、必ずや被害者との間にひと悶着があり、場合によつては被害者から手荒な仕打ちをうけることがあるかもしれない位のことは、十分に予測されたことであり、被告人としてもそのことを覚悟したうえ、酒の勢いにのり、旅館に戻つたものと考えられるので、たとえ被害者から立ち上りざま手拳で殴打されるということがあり、その後被害者が被告人に向つてゆく体勢をとることがあつたとしても、そのことは被告人の全く予期しないことではなかつたのであり、その他証拠によつて認められるその殴打がなされる直前に、扇風機のことなどで、旅館の右主人と被害者との間にはげしい言葉のやりとりがかわされていて、その殴打が全く意表をついてなされたというものではなかつたこと、被告人本人がその気になりさえすれば、前記広間の四周にある障子を押し倒してでも脱出することができる状況にあつたこと、近くの帳場には泊り客が一人おり、またその近くに旅館の若主人もいて、救い求めることもできたことや、被害者のなした前記殴打の態様、回数などの点をも総合、勘案すると、被害者による法益の侵害が切迫しており、急迫性があつたものとは、とうてい認められないのであり、またそのような状況ないし経過のもとにおいて、くり小刀をもち出し、被害者を突き刺した被告人の本件行為が防衛上已むことをえざるに出でた行為であつたとは、とうてい考えられないのである。以上の次第であつて、本件においては、被害者による不正の侵害に急迫性があることも、被告人に防衛の意思があつたことも、また被告人の行為が防衛上已むことをえざるものであつたことも認められないのであるから、原判決が被告人の本件行為について、過剰防衛が成立すると認定し、判断したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認をおかしたものであり、既にこの点において原判決は破棄を免れないといわねばならない。』と判示して、第一審判決を破棄し、みずから「罪となるべき事実」として、

『被告人は、静岡県富士宮市元城町二〇番一一号所在の安宿「富士本旅館」こと渡辺喜代子方に宿泊し、パチンコの稼ぎで生活を立てていたものであるが、昭和四四年九月二〇日の夕刻、同宿人の後藤周一(当時三一年)と些細なことで口論となり、同人から「お前居直る気か、やる気か、手前出てゆけ、手前なんかぶつ殺してしまう。」などとどなられ、その言動からして旅館にいることが危険であると感じ、またそのとき「俺が気にいらないなら、出ていく。」といつてしまつた手前もあつていつそ旅館を出てゆき、もはや旅館には戻つてこない考えとなり、こつそり同旅館をぬけ出し、近くの居酒屋等において、酒約四合を飲み、酩酊して、当面の落ち着き先などあれこれと思い迷つていたが、そのうち後藤周一にあやまつてみて、若し仲直りができたら、元通り旅館に泊めてもらおうという考えを起し、酒の勢いにのつて、午後一〇時一〇分頃同旅館に赴き、玄関を上つたところ、同旅館帳場にねそべつていた後藤周一の姿が見えたので、その帳場の南隣りにある広間(八畳の間)に入り、同室と帳場とを仕切る開き戸のあたりに立つと、同人がいち早くこれに気づいて、「小泉、われはまたきたのか。」などとからんだ末、同人から立ち上りざま手拳で二回位顔面を殴打されたので、逆上し、同人を死に至らしめるかも知れないがやむをえない考えのもとに、同室の西側障子鴨居の上にかくしてあつたくり小刀一本(当庁昭和四五年押第二二〇号の一)を取り出し、これを右手にもつて、同人に立ち向い、その左胸部を突き刺し、よつて同人に心臓右心室大動脈貫通の刺創を負わせ、同日午後一〇時二五分頃、右刺創に基づく心嚢タンポナーゼのため、その場で死亡するに至らしめたものである。』との事実を認定判示して、被告人に対し懲役五年の刑を言い渡した。

三すなわち、原判決は、本件における後藤の行為が被告人の身体に対する不正の侵害であることは、これを認めつつも、(一)後藤の侵害行為は急迫性がなかつた、(二)被告人には防衛の意思がなかつた、(三)防衛上やむをえない行為ではなかつた、と認定し、これを理由に本件における過剰防衛の成立を否定しているので、以下検討を加える。

(一)  急迫性がなかつたとの点について。

刑法三六条にいう「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫つていることを意味し、その侵害があらかじめ予期されていたものであるとしても、そのことからただちに急迫性を失なうものと解すべきではない。これを本件についてみると、被告人は後藤と口論の末いつたん止宿先の旅館を立ち退いたが、同人にあやまつて仲直りをしようと思い、旅館に戻つてきたところ、後藤は被告人に対し、「小泉、われはまたきたのか」などとからみ、立ち上がりざま手拳で二回ぐらい被告人の顔面を殴打し、後退する被告人に更に立ち向かつたことは原判決も認めているところであり、その際後藤は被告人に対し、加療一〇日間を要する顔面挫傷および右結膜下出血の傷害を負わせたうえ、更に殴りかかつたものであることが記録上うかがわわれるから、もしそうであるとすれば、この後藤の加害行為が被告人の身体にとつて「急迫不正ノ侵害」にあたることはいうまでもない。

原判決は、前記のように、「被告人が旅館を出ていつた前記経緯からすると、若し被告人が再び旅館に戻つてくるようなことがあると、必ずや被害者との間にひと悶着があり、場合によつては被害者から手荒な仕打ちをうけることがあるかもしれない位のことは、十分に予測されたことであり、被告人としてもそのことを覚悟したうえで、酒の勢いにのり、旅館に戻つたものと考えられるので、たとえ被害者から立上りざま手拳で殴打されるということがあり、その後被害者が被告人に向つてゆく体勢をとることがあつたとしても、そのことは被告人の全く予期しないことではなかつたのであり、その他証拠によつて認められるその殴打がなされる直前に、扇風機のことなどで、旅館の若主人と被害者との間にはげしい言葉のやりとりがかわされていて、その殴打が全く意表をついてなされたというものではなかつたこと」を後藤の侵害行為につき急迫性が認められない有力な理由としている。右判示中、被告人が右のように後藤から手荒な仕切ちを受けるかもしれないことを覚悟のうえで戻つたとか、殴打される直前に扇風機のことなどで旅館の若主人(渡辺喜代子〔五四才〕を指しているものと認められる。)と後藤との間にはげしい言葉のやりとりがかわされていたとの部分は、記録中の全証拠に照らし必ずしも首肯しがたいが、かりにそのような事実関係があり、後藤の侵害行為が被告人にとつてある程度予期されていたものであつたとしても、そのことからただちに右侵害が急迫性を失なうものと解すべきでないことは、前に説示したとおりである。

更に、原判決は、右の点に加えて「被告人本人がその気になりさえすれば、前記広間の四周にある障子を押し倒してでも脱出することができる状況にあつたこと、近くの帳場には泊り客が一人おり、またその近くに旅館の若主人もいて、救いを求めることもできたことや、被害者のなした前記殴打の態様、回数などの点をも総合、勘案すると、被害者による法益の侵害が切迫しており、急迫性があつたものとは、とうてい認められない」と判示している。しかし、記録によれば、右判示のように本件広間(八畳間)の四周に障子があつたのではなく、北側には帳場との間に板の開き戸があつただけであり、東側には廊下との間に四枚の唐紙、南側には二枚のガラス障子があるので、以上の北、東、南三方はともかく出入りが可能であるが、被告人が後藤と向き合つたまま後退し、いわば追いつめられた地点である西側には、ガラス障子をへだてて当時物置となつていた廊下があり、ここに衣類、スーツケース等の物品がうず高く積まれていたため、とうてい「脱出することができる状況」ではなかつたこと、近くの帳場(四畳半)にはたしかに「泊り客の一人」である渡辺馨(五一才)がいたが、同人は後藤、被告人両名と知り合いの仲でありながら、眼前で後藤が被告人を殴るのを制止しようともしなかつたこと、また、右帳場と勝手場との境付近に「旅館の若主人」である前記渡辺喜代子もいたが、女性である同人が荒つぽい後藤を制して被告人を助けることを期待するのは困難であつたことがうかがわれるから、原判決の前記判示中、被告人が脱出できる状況にあつたとか、近くの者に救い求めることもできたとの部分は、いずれも首肯しがたいが、かりにそのような事実関係であつたとしても、法益に対する侵害を避けるため他にとるべき方法があつたかどうかは、防衛行為としてやむをえないものであるかどうかの問題であり、侵害が「急迫」であるかどうかの問題ではない。したがつて、後藤の侵害行為に急迫性がなかつたとする原判決の判断は、法令の解釈適用を誤つたか、または理由不備の違法があるものといわなければならない。

(二)  防衛の意思がなかつたとの点について。

刑法三六条の防衛行為は、防衛の意思をもつてなされることが必要であるが、相手の加害行為に対し憤激または逆上して反撃を加えたからといつて、ただちに防衛の意思を欠くものと解すべきではない。これを本件についてみると、前記説示のとおり、被告人は旅館に戻つてくるや後藤から一方的に手拳で顔面を殴打され、加療一〇日間を要する傷害を負わされたうえ、更に本件広間西側に追いつめられて殴打されようとしたのに対し、くり小刀をもつて同人の左胸部を突き刺したものである(この小刀は、以前被告人が自室の壁に穴を開けてのぞき見する目的で買い、右広間西側障子の鴨居の上にかくしておいたもので、被告人は、たまたまその下に追いつめられ、この小刀のことを思い出し、とつさに手に取つたもののようである。)ことが記録上うかがわれるから、そうであるとすれば、かねてから被告人が後藤に対し憎悪の念をもち攻撃を受けたのに乗じ積極的な加害行為に出たなどの特別な事情が認められないかぎり、被告人の反撃行為は防衛の意思をもつてなされたものと認めるのが相当である。

しかるに、原判決は、本件においてこのような特別の事情のあつたことは別段判示することなく、前記のように、「ふだんおとなしい被告人、ことに被害者には昭和四四年八月頃すなわち本件の約一箇月前頃パチンコ店において、黙つてパチンコをやりにきたことを理由に足げりにされたことがあり、またふだん同人の胸や腕に入れ墨があることを見ていて、同人を恐ろしく思い、何事も同人のいうままに行動して、反抗したことのなかつた被告人が、その恐ろしく思つている被害者に立ち向つていることから考えると、被告人は被害者から殴打されたことが余程腹にすえかねたものと思われ、その憤激の情が酒の酔いのため一時に高められ、相手がいつもこわがつている被害者であることなどは意に介しないで、つぎの行動に移つたものと考えられるので、被告人が被害者から殴打されて逆上したときに、反撃の意図が形成され、被害者に報復を加える意思が固まつたものと思われ、おそくとも前記広間西側障子鴨居の上からくり小刀を取り出そうとした頃には、防衛の意思などは全くなくなつていたことが認められる」として、あたかも最初は被告人に防衛の意思があつたが、逆上の結果それが次第に報復の意思にとつてかわり、最終的には防衛の意思が全く消滅していたかのような判示をしているのである。

しかし、前に説示したとおり、被告人が後藤から殴打され逆上して反撃に転じたからといつて、ただちに防衛の意思を欠くものとはいえないのみならず、本件は、被告人が後藤から殴られ、追われ、隣室の広間に入り、西側障子のところで同人を突き刺すまで、一分にもみたないほどの突発的なことがらであつたことが記録上うかがわれるから、原判決の判示するような経過で被告人の防衛の意思が消滅したと認定することは、いちじるしく合理性を欠き、重大な事実誤認のあることの顕著な疑いがあるものといわなければならない。

(三)  防衛上やむをえない行為ではなかつたとの点について。

正当防衛が成立するには防衛行為がやむをえないものであることを要し(刑法三六条一項)、この要件を欠くときは、防衛の程度を超えたものとして、過剰防衛となり、違法性を阻却されないのである(同条二項)。これを本件についてみると、後藤の加害行為は手拳で殴打する程度のものであつたのに対し、被告人はくり小刀を用い、しかも、相手の左胸部を突き刺したのであるから、被告人の行為が防衛行為として必要な程度を超えたものであり、刑法三六条の防衛上やむをえない行為にあたらないことはいうまでもない。このことは、第一審判決も認めているのであり、さればこそ第一審は本件を過剰防衛として処理しているのである。しかるに、原判決は、前記のように、「本件においては、被害者による不正の侵害に急迫性があることも、被告人に防衛の意思があつたことも、また被告人の行為が防衛上已むことをえざるものであつたことも認められないのであるから、原判決が被告人の本件行為について、過剰防衛が成立すると認定し、判断したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認をおかしたもの」と判示している。ところで、すでに(一)で説明したとおり、被告人に対する不正の侵害行為に急迫性がなかつた旨の原判示は首肯しがたく、また、(二)で説明したとおり、被告人に防衛の意思がなかつた旨の原判示も合理性があるものとは認めがたいのであるが、もしも、原判決のいうように、被告人に対する不正の侵害行為に急迫性がなく、または、被告人に防衛の意思がなかつたとするならば、本件において正当防衛の要件を欠くのみならず、過剰防衛の要件をも欠くことになるのは当然である。しかし、防衛上やむをえない行為でなかつたことは、正当防衛の要件を欠くことにはなつても、過剰防衛の要件を欠くことにはならないのであるから、このかぎりにおいて、原判決が右のような理由づけをもつて第一審判決に事実誤認があるとしたのは、理由不備であるといわなければならない。

四以上のように、原判決には判決に影響を及ぼすべき法令違反、および重大な事実誤認のあることの顕著な疑いがあり、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものと認める。よつて、論旨に対する判断をするまでもなく、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に従い、本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(松本正雄 田中二郎 下村三郎 関根小郷 天野武一)

弁護人の上告趣意

第一点 原判決に影響をおよぼすべき重大な事実の誤認ないし法令の違反又は審理不尽の違法があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する事由がある。

一、右事実誤認の点については、原審における意見を全面的に援用するが、さらに以下のとおり、補充、追加、強調する。

二、原判示は

(1) 「反抗したことのなかつた被告人が、その恐ろしく思つている被害者に立ち向つていることから考えると」と判示するが「立ち向つた」という言葉は被害者の攻撃の断絶後に被告人が攻撃に出た感を与えるが、いずれにしても立向つたということは原審の一方的判断であつて、全記録によるも右事実を認定することはできない。明白に立ち向つたという証拠はどこにもない。

(2) 「被告人は被害者から殴打されたことが余程腹にすえかねたものと思われ、その憤激の情が酒の酔いのため一時に高められ、相手がいつもこわがつている被害者であることなどは意に介しないで」と判示するが、余程腹にすえかねたことの証拠は何もない。それほど腹にすえかねたのであれば、殴打された際、一喝大きな声を出したことも考えられるが、そのような徴表は全然ない。又、酒の酔のためにというが、全記録に照すも、それほど酔つていたことは認められない。さらに法令の適用において「被告人が旅館に戻つた場合、同人との間にひと悶着あることが予測され、尋常の手段、方法をもつてしては同人と仲直りすることなど期待できない状況にあつたにもかかわらず、酒の勢いにのつて旅館に戻り」と判示するが、ヤクザであり入墨もあり、恐ろしがつていた被害者と場合によつては一戦を交えることを予期した事情は、全記録に照すも見出すことはできず、かえつて少々の仕打は何とかなるだろう、許してくれるだろうと思つて旅館に引返したと思われる。万一に備えるならば、刃物のようなものを隠し持つということも、或は、先に八畳に入つてくり小刀を隠しもつて、被害者のところに現われただろうと思われるが、そのような兆候は全然ない。

さらに罪となるべき事実には「同人から立上りざま手拳で二回位額面を殴打されたので、逆上し、同人を死に至らしめるかも知れないがやむを得ない考えのもとに、同室の西側障子鴨居の上にかくしてあつたくり小刀一本を取り出し、これを右手にもつて、同人に立ち向い、その左胸部を突き刺し」と判示するが、右判示は、被告人が殴打された直後、くり小刀をとりに行き、居直つて立向つた(攻撃の断絶を前提とした)事実に基くようであるが、全証拠に照すも、被告人が居直つて立向つた事実は認定できず、原審の判断は証拠に基かない一方的な判断というほかない。

(3) 「被告人が被害者から殴打されて逆上したときに、反撃の意図が形成され、被害者に報復を加える意思が固まつたものと思われ、おそくとも前記広間西側障子鴨居の上からくり小刀を取り出そうとした頃には防衛の意思など全くなくなつていたことが認められ」と判示するが、

第一に、正当防衛、過剰防衛を判断するにあたつて、原審は防衛の意思を必要とするような考え方を持つているようであるが、右防衛の意思は不要と考える。

第二仮に然らずとするも、防衛の意思は急迫不正の侵害に「対応する意識」(綜合判例研究叢書刑法(1)一八〇頁)があれば足りるものと解する。本件についてみるのに、八畳間西側障子にまで、殴打されて抑しつけられてきたものであり、逃場に窮してくり小刀を思い出して、手にしたのであるから、最後まで「対応する意識」の有したことは明白である。

第三に、仮に文字通りの防衛の意思が必要であるとして、その場合、反撃の意図が仮に形成されたと考えるとしても、証拠の上からは、右西側障子に抑しつけられたときに生じたものと考えるのが自然である。殴打されて逆上したときに反撃の意図が形成されたと考える兆候(例えば被告人が怒声を発し或は攻撃的態度に出たとか)は何もなく、単に原審の一方的独断的な判断でしかない。

さらに、右判示によると最初防衛の意思はあつたが、くり小刀を取り出そうとした頃には全くなくなつていたと認定している。してみると防衛の意思は何時生じ何時消えたのか、その徴表は何を根拠に認定できるのか、反撃の意図の形成とどのような関係にあるのか、不明である。

本件は、実際に被告人と被害者が、やりあつて、死亡するにいたつた現場は誰もがみていないものである。しかも、その状況については、足の刺創がどのような原因でできたのか、全く不明である。このような場合、単に一時的な事例から想像して、死の原因を認定されたのでは裁判所の想定と事実が喰い違つている場合、被告人は救われようがない。「疑わしきは被告人の利益に」ということは、現行刑訴の基本精神である。原審の認定は結局この八畳間の誰もがみていない。その状況を一方的に判断したものでありしかも、それは結果だけであつて、八畳間の経緯については、判断を避け逃げている感がある。八畳間の殴られた状況、互に発した言葉、足の刺創、被害者が果して如何なる位置に倒れたのか、いざれにしても、被害者が、西側の方に向つて倒れたのはいかなる理由によるのか、こうした一連の事情が四畳半の人にも、台所にいた渡辺喜代子にもわからずに、瞬時の間になされた事情、被告人の反抗らしき声もなかつた事情等が解明されて初めて刑を受くるにも納得できるものといわなければならない。この点、原審が最も重要な点の判断をしなかつたことは審理不尽の違法があつたものといわなければならない。

(4) 「被告人が旅館を出て行つた前記経緯からすると――急迫性があつたとは、とうてい認められないのであり」と判示する。

入墨のヤクザで平素おそれていた被害者に、あやまりに行くについては、被害者から相当の手荒な仕打をうけるであろうことは覚悟していたものと思われる。したがつて、被害者の加害者に対する殴打それ自体、必ずしも意表をついていたものとは思われない。だからこそ、足蹴りされても、逃げようとしなかつたと推察される。ところが、殴打の程度自体は、被告人が覚悟していたより相当烈しく、一気に八畳間西側障子に殴られ、抑しつけられ、逃げ場を失つて窮地におちいり、くり小刀のあることを思い出して、これをもつて防戦しながら廊下の方へ逃げようとして、さらにからまれて身体の一部をつかまれもみあつたとしか考えられない。

問題は、被告人が蹴られて殴られたときの状況であるが、最初からひと悶着あつたら喧嘩でもしようという気があるなら、蹴られたところで怒声を出すか、或は、反撃を加えるかしたであろうと考えられるがこのような気配は全然ない、又渡辺喜代子も渡辺馨もそれほど烈しい喧嘩と思つていなかつたことがうかがえる。してみると、この時点では殴られてもそれで許してもらえればという気持が相当に強かつたと思料される。足蹴りされ殴られた瞬間、逃げもせず、助も求めなかつた事情はこのように解してのみ理解できるところである。この点を充分に考えて頂きたい。そして、被害者の殴打があまりに烈しいので、西側障子に抑しつめられて、窮地に陥つた被告人が、くり小刀を突差に思い出し、それを握つて、被害者を振り払いながら逃げようとして、つかまりもみあつているうちに突き刺さつたとみるのが最も自然である。

暗がりのなかで、殴られ追いつめられ、しかも、眼をまともに殴打され、酒も入つて動作がにぶく、フラフラしている被告人を考える場合、被害者による法益の侵害が切迫していないと考えることは到底できない。

(5) 「またそのような状況ないし経過のもとにおいて、くり小刀をもち出し、被害者を突き刺した被告人の本件行為が、防衛上已むことをえざるに出た行為であつたとはとうてい考えられない」と判示するが、これについても前段(4)のところで述べたとおり、全記録から、被告人が被害者の下へもどつてきたときの被告人の気持、および足蹴りされ、殴打されたときの被告人の気持、反撃を決意したのがどの時点かによつて判断が異つて来ると考えられる。所詮、八畳の間に二人が消えて、被害者の生命が絶たれるまでの事件をどのように解するかにかかつていると思われる。しかし、一歩深く考えれば、この点審理不充分だつたといわなければならない。なお、原審の判断が不当であることはすでに述べたところを参照されたい。

第二点 仮に原判示の事実認定に従うとしても、原判決には、最高裁判所ないし大審院の判例と相反する判断をしたことの違法がある。

一、大審院判昭八・六・二一刑集一二・八三四

「按スルニ本件犯行ノ際前説示ノ如ク被害者安太郎ハ何等兇器ヲ持セサリシモ酒気ヲ帯ヒ被告人方ニ入リ顔色ヲ変シ「マント」ヲ脱シ判示ノ如キ〔家人ヲ鏖殺スヘシ〕ヲ吐キ剰ヘ傷害致死其ノ他ノ前科十犯余ヲ有スル放蕩無頼ノ徒ニシテ之ヲ記録ニ徴スルニ体躯肥大膂力人ニ勝レ左腕ニハ文身ヲモ為シ居リ嘗テ高齢ナル母ヲ井ニ吊下ケ金百円ヲ出サレハ沈ムルソト脅迫セシコトスラアル兇暴無頼ノモノナレハ縦ヒ被告人ト義兄弟ノ間柄ナリトスルモ被告人ノ恐怖ヲ懐キタルハ敢テ想像スルニ難カラスシテ之ヲ急迫不正ノ侵害ニ非スト謂フハ其ノ当ヲ得ス従テ此ノ瞬間ニ於テ被告人カ単ニ機先ヲ制シテ防衛ノ行為ニ出ツルハ已ムコトヲ得サル所ナリト認ムルヲ得ヘシト雖――」

と判示したところとあわせると、本以の如き入墨のある、そして日頃からおそれていたヤクザの侵害に対しても当然急迫性を認めたかつたのは、右大審院の判例と相反する判断をしたものといわなければならない。

二、大審院判例、昭一九・一〇・二〇刑集二三巻一八号二三〇頁

被告人(炭坑の労務主任心得)に対して被害者(採炭夫)が執拗に暴力を振い且つ付近にある一味不平の採炭夫等が加勢に来る気配もあつて生命身体に対する危害を感じた一面、「――兎角被告人を若輩視して軽侮するのみか恩情を踏み躙る態度に出でて被告人を苦しむる心情に対し憤激の念にわかに募り、被害者が当時大酔蹣跚且寸鉄を帯びずこれが防衛のためにその生命を奪う要ある状態にあらざりしに拘らず」偶々折込ナイフを所持していたので、これで相手の身体要部を刺しその侵害を防ごうと決意して、心臓を刺して被害者を死亡させた事案であつて、判決は「被告人の所為は――急迫不正の侵害に対し自己の生命身体を防衛するに出でたる所為なりと雖もこの防衛の程度を越えたるものと認定するを相当なりと認む」と判示している。この事案に比べれば、ヤクザと喧嘩になつた場合、そして殴打にいたつた場合、生命身体に危害を感ずること、および、たまたまくり小刀に気付いて持出した本件において、すなわち右判示の事例より軽い本件において過剰防衛を証めなかつたことは、右判例に反する判断をしたものである。

三、大審院判例、昭二(九)一四九九、昭二・一二・二〇

「凡ソ正当防衛ハ不正ノ侵害ニ対スル権利行為ナレハ防衛行為カ已ムコトヲ得サリシト為スニハ必シモ他ニ執ルベシ方法ノ存シタリヤ否ハ問フ所ニ非スト雖其ノ防衛行為タルヤ固ヨリ無制限ニ許容セウルヘキニ非ス自ラ一定ノ限度アリテ客観的ニ視テ適正妥当ノモノタラサル可カラス是レ近時正当防衛ニ於ケル防衛行為ノ必要性ニ代ヘテ適当性カ主張セラルル所以ナリトス」これに

大阪高判昭和二九・四・六、刑集七・二・二二八「相手方の急迫不正の侵害から格斗となり取り組み中、被告人において一たん相手方をふりほどいた後、相手方が頭突の姿勢で胸元に飛びこんできたが、素手であつて被告の生命に危険を感じさせる程度のものではないのに、鋭利なジャックナイフで相手方の脊部を突き刺し致命傷を与えたのは、権利防衛上相当の程度を逸脱したもので過剰防衛である)との判示を比較しながら本件をみるに、終始攻撃され受身となり、     で体も自由にならず、眼の直撃をうけて、薄暗い中で周囲を充分見分けることができなくなつた被告人が、抑しつめられて、初めてくり小刀をとつ  てようとした。本件場合に過剰防衛を認めないのは、右判例に反する判断をなしたことになる。

第三点 原判決は刑の量定が甚しく不当であつて、この判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認める事由がある。

第一審は、過剰防衛の成立を認め「懲役三年但し、裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する」ことになつていた。第二審では過剰防衛の成立を認めず懲役五年の実刑を云渡した。本件    の裁判官が、しかも、会議の裁判所で、第一審と第二審がそれぞれ事実認定ないし、法令の適用を異にして過剰防衛の成立を認める一審と認めない二審とにわかれたものである。したがつて事実関係の認定についても、裁判所の構成を異にすることによつて、この判断が異るほどに本件事実関係は微妙である。それなのに、第二審で異る事実認定をしたからといつて、第一審と第二審の刑が、前記の如くに異るのは、真実は唯一つである被告人にとつて量刑が甚だしく不当であり、正義の感情にも著るしく反するものであるといわなければならない。執行猶予がなくなり、さらに実刑五年というのは、正義感情からも納得のいかないところである。

なお右の外、控訴審における意見書記載の量刑不当の理由を援用する。 以上

(編注―原文どおり)

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